2022年6月18日(土)
この日は、久しぶりに市内(大阪では大阪市周辺のことを総称して市内と呼ぶ)に出て、ショッピングや好きなことに時間を使おうと決めていた。予定ではこうだ。
- 古着屋のフリマに行く
- ホットケーキを食べる
- 映画を観る
- スマホフィルムを買う
- ルームフレグランスを買う
- 気が向いたら飲みに行く
お昼頃に家を出て、御堂筋線に乗って心斎橋駅を目指す。数年前から古着屋に通うようになって、その頃からよく行くお店があった。この土日に堀江にある古着屋でフリマが開催されるというので、掘り出し物でも探しに行こうと思い立った。以前、市内に住んでいたときは、暇なときによくお店に足を運んだが、地元に戻ってきた今では行く機会がめっきり減った。古着屋の店員の女の子は、みんなおしゃれで可愛い。この日は、グリーンベースの花柄のワンピースを着たショートカットの女の子が接客をしてくれた。選ぶアイテムを褒めてくれたり、試着した姿を似合っていると言ってくれたり、それだけで好きになってしまいそうになるのは俺の悪い癖だ。
「カラーアイテムを探してるんですか?」
「柄物もよく着るんですか?」
店員さんは、気さくにいろいろ話しかけてくれる。ーーマッチングアプリで知り合った女性も、これくらいたくさん質問してほしいものだ。人見知りアピールには、正直辟易している。ーー気になったアイテムを3着ほど試着させてもらって、店員さんに見てもらう。
「良い色ですね!」
「サイズ感も良い感じです」
「デニムのシルエットめっちゃ好きです」
パープルのTシャツとイエローグリーンのポロシャツ、そしてデニムを試着した。どれも似合っていると褒めてくれるものだから、嬉しくなってしまう。しかし、ポロシャツはあまりしっくりこなかったので返却することにした。デニムとTシャツを預かってもらって、「まだ店内見ますか?」と聞かれたので、「もう一周だけします」と答えて再びフリマコーナーを巡る。すると柄の雰囲気といい、サイズ感といい良い感じのシャツを発見した。鏡の前で合わせていると、さっきの店員さんがやってきた。
「そんな柄シャツあったんですね!」
「めっちゃ良い感じのやつ見つけましたね!」
「中の白Tと合っててすごい似合ってます」
たくさんある古着の中から良いアイテムを選ぶセンスと着こなしを褒められて、買わないという選択肢があるだろうか。「これも買います」と言って、レジに向かいお会計を済ませた。思ったより時間が経っていた。映画を観る前にホットケーキを食べに行く予定だったが、予定を繰り上げて先に映画を観ることにした。とりあえず、オレンジストリートにある個人経営らしきコンビニ前で一服する。ここに灰皿が置いてあることを知っていた。御堂筋を歩いてなんばパークスを目指す。梅雨の晴れ間に恵まれて、この日は少しの湿気を帯びながら太陽が照らしていた。自販機で買った500mlのミネラルウォーターで水分補給をしつつ、ひたすら真っすぐ歩く。なんばパークスに着いて、15時台に上映開始のチケットを買う。この日観る映画は「わたし達はおとな」という映画だった。感想は、また機会があれば語りたいと思うが、とりあえず重たい内容だった。彼氏役の藤原季節さんの演技が素晴らしく、終始その彼氏の言動にイラついてしまった。上映前に買ったキャラメルポップコーンは、しょっぱすぎて食べきれなかった。
映画館をあとにして、そのままなんばシティを散策した。俺は、6月に咲くクチナシの花の香りが好きだった。クチナシの甘い香りを嗅ぐと、夏の始まりを感じる。クチナシのルームフレグランスがあればいいなと思って調べていると、なんばシティにガーデニア(クチナシ)を使用したルームスプレーを扱う店舗があることが分かった。Laline(ラリン)というお店の「ピオニーガーデニア」という種類のルームスプレーを見に行くことにしたのだ。若くて可愛い女性スタッフが立っていて、笑顔で接客してくれた。
「ルームフレグランスってありますか?」
「こちらにございます。今お店でも使っているのがこのピオニーガーデニアという種類で……」
ピオニーガーデニアだ。一応いくつか種類があったので、テスターで匂いを嗅がせてもらった。4種類くらい試させてもらったのだが、たくさん嗅ぎ過ぎて匂いが分からなくなる。その感じを察したのか、店員さんにも「たくさんあって分からなくなっちゃいますよね」なんて微笑むものだから、とりとめのない会話が嬉しくて迂闊に好きになりかける。結局、最初から狙っていたピオニーガーデニアを購入した。めちゃくちゃ良い香りで、好きな女の子の部屋がこの匂いだったら帰ったあとも思い出すだろう。いろいろ我慢できなくなると思う。
次に千日前通の前にあるエディオンで、スマホフィルムを見に行く。先日、ガラスフィルムが割れてしまったので張り替えたところだったのに、気がついたらまたひび割れていた。A型だからなのか、少しのひび割れでも気になってしまう。ガラスフィルムはやめようと思った。画面を守ってくれるとしても、ガラスフィルム自体が何度も割れるのはそれはそれでコスパが悪い。
適当なスマホフィルムを買ったあとは、純喫茶アメリカンという喫茶店へと向かった。ここのホットケーキが最高に美味しいのだ。一時期流行っていたフルーツと生クリームたっぷりのパンケーキとは違う。小さめのホットケーキが2枚、それぞれ6等分にカットされている。バターとシロップのみという非常にシンプルなもので余計なものが一切ない。バターとシロップを吸った生地を口に入れた瞬間、じゅわ〜と甘みと程よい塩気が広がる。生地自体が軽いから、パクパクと食べられてしまう。合間にアイスコーヒーを飲んで、あぁなんて幸せな時間なんだと噛みしめる。
気がつけば、時刻は19時を回っていて街も飲みの雰囲気が漂ってくる。正直、ポップコーンやホットケーキを食べてあまりお腹は空いていなかったが、せっかく市内まで来たし飲みに行くことにした。なんばの外れに地元民に愛されるお店がある。以前、好きだった人と初めてきたときに気に入って今回で3回目だった。好きな人と最後に会った日、最後に飲んで最後に話したお店だった。お店の前を通るとママが「おかえり〜!」とよく通る声で出迎えてくれる。俺は、その「おかえり」がとても好きになっていた。お店の雰囲気も良くて、カウンターに並ぶママの手料理はどれも美味しそうだ。奥の席に通されるやいなや、両サイドの常連らしきおっちゃんたちが話しかけてくる。
左に座っていたおっちゃんが俺を挟んで、俺の右側に座るおっちゃんに話しかけるものだから、つい「席代わりましょうか?」と言ったら、「いい、いい!そんなん気にしたあかん!ここ大阪やで!お兄ちゃんも大阪か?」そんな具合にあっという間に仲間入りを果たす。今も建築事務所でバリバリ仕事をする70歳のおっちゃん(おじいちゃん?)と、ミズノと金色の刺繍のエンブレムが付いたシャツを着るその70歳のおっちゃんよりも歳上のおっちゃん。そして、東京から出張でやってきたおっちゃん。自分よりも倍以上離れたおっちゃんに囲まれる30歳の俺。会ったばかりだというのに、年齢差なんて関係ないと言わんばかりに気さくに話しかけてくれた。
話の合間に、すだち冷酒と肉豆腐と土手焼きを頼む。ここ最近、少しずつ夏らしい気温になってきたので冷酒が美味い。美味しい料理をつまみながらお酒を飲んでいると、左右に座っていたおっちゃんたちがお店を出るようだった。まだ19時過ぎだったが、70歳にもなると早い時間帯に飲んでさっさと帰るのが普通なのだろうか。左右に人がいなくなって、一人で肉豆腐を口に入れては冷酒を飲み、土手焼きを食べては冷酒を飲む。たまに煙草を吸う。いつもは友達と喋りながら飲むのでペースが落ちるが、一人飲みとなると飲むか食うか煙草を吸うかの三択になってしまう。
しばらくして、右側の席に東京から観光にやってきた若い女の子二人組がやってきた。そして左隣にも大阪在住でおそらくすでに一軒飲んできたであろう女性二人組が座る。両端を女性に囲まれてすっかり物静かになってしまった俺。話しかけることもなく、一人で黙々と「食う・飲む・吸う」を繰り返す。知らず知らずのうちに飲むペースが早かったようで、一杯目を飲み干したところで気分が悪くなる予感がした。どうしようもなくなる前にトイレに行く。俺の場合、気持ち悪くなると便意を催すので吐くというよりも気張って対処する。何とか持ちこたえて、お冷をもらって胃の中のアルコールを薄める。
トイレの鏡で自分の顔を見たときは、唇が真っ白で焦ったが徐々に気分も良くなり助かった。しばらくしてママが話しかけてきた。
「今日はお仕事お休みですか?」
「個人事業主なので休みだったり休みじゃなかったりですね」
「私たちと同じですねぇ、おつかれさまです」
なんて他愛もない話をしていると、今度は左隣の女性が急に声をかけてきた。
「お兄さんすみません、男心について聞いてもいいですか?」
「急に……?全然いいっすけど。どうしたんですか?」
どうやら最近マッチングアプリで出会った男性と付き合ったらしく、一緒にアプリを退会しようという話になったのだが、お互いに退会方法が分からずプロフィールや写真だけ消して放置していたとか。しかしふとアプリを見てみると、彼氏がプロフィール写真などを更新していて、これは黒なのか白なのか聞きたいということだった。まぁマッチングアプリ自体、ほとんど出会い目的で利用されるものだから限りなく黒に近いだろうと答えた。彼女がいるのにマッチングアプリを続ける理由も更新する理由もない。そんなこんなでその話をきっかけに仲良くなってしまい、そのまま一緒に話しながら飲むことになった。
「ていうかお兄さん、あのメニュー表のやつ気づきました?」
「あ、ホタテのやつですか?」
「そうそうそう!!」
「あれってわざとなんかな?ちょっと聞いてみてや」
「え、聞くんですか」
「すみませ〜ん、あのメニューのやつってわざとですか?」
彼女がおもむろにママに声をかける。
「え?メニューのやつ?」
「ほら、あのホタテの」
「え!うわ!ほんまや!!ちょっとママ見てこれ!」
チンゲン菜とホタテを煮た料理があったのだが、メニュー表には「チ◯ゲホタテ」と書かれていた。ママはツボに入ったようで、腹を抱えて笑っている。俺も隣の席の彼女も、みんな一緒になって笑った。なんかいいなぁと思った。
「今度、知り合いとBBQするねんけど、友達の彼女が19歳でぶりっ子らしい」
「あ〜、ぶりっ子はしんどいっすね」
「男ってな、『ラ』の音に弱いらしいで」
「『ラ』の音?」
「そう。ドレミファソラ、ラ〜ラ〜ラ〜、えぇ〜私よくわかんなぁい」
彼女は、『ラ』の音でぶりっ子の話し方のマネをし始めた。これがなかなか上手だから『ラ』の音は鼻につく音なのかもしれない。
「上手いっす、上手いっす」
「上手いって言われた、イェーイ」
褒めたつもりはないが、喜んでいるなら良しとしよう。続けて、俺が振ってみる。
「デキる女のさしすせそとか言ってみたらいいんじゃないですか?」
「え、さしすせそって何やったっけ?さ……さ……刺身醤油!!」
自信満々に答えるがもちろん違うし、それは調味料の方のさしすせそだ。何もかも違う。そしてぶりっ子とは程遠すぎる。この人はバカなのか? と心の中で思いつつ、気づいたらアホなんですか? と声に出してしまっていた。初対面の人をアホ呼ばわりしてしまったが、誰がアホやねんとツッコんでくれたからセーフっぽい。大阪人で助かる。
気づけば2〜3時間一緒に飲んでいたら話の流れのままにこう言われた。
「よし、お兄さん次どこ行こか!!」
初一人飲みにして、なかなか予想外の展開である。想像では、一人でしっぽり飲んで何事もなく帰るんだろうなと思っていたが、まさか初対面の人と一緒に二軒目に行くことになるとは。出会いとは面白いものだ。せっかくの機会なので俺もその誘いに乗る。
「どこ行きましょか!」
「お!いける!?時間大丈夫!?」
「軽くやったらいいですよ」
「よっしゃ、じゃあ次行こ!」
お店を出て裏なんば周辺を散策する。彼女は、ここまで散々食べて飲んできたはずなのにお店を通る度に、ピザええな〜餃子ええな〜焼き鳥ええな〜とまだまだ余裕そうだった。俺は、もうすでにお腹いっぱい。最終的に「焼売酒場マッコイ」というお店の外席で立ち飲みすることになった。俺はレモンサワーを頼み、彼女はハイボール。そしてもう一人の彼女はトマトチューハイを頼む。そして、焼売やニラそばなどを頼んで適当に飲みながら喋った。
「そういえば名前なんなん?聞いてへんかったわ」
「◯◯やで〜」
「私は◯◯で、この人が◯◯!」
「よろしくお願いします」
「また飲みに行こや!」
「ええで〜また行こ」
「おっ!じゃあLINE交換する!?」
「ええで」
終電まで30分しかなかったので、QRコードを読み込みレモンサワーを飲み干して時計を気にする。それを察して「時間そろそろやばい?」と気にかけてくれたので、「そろそろ」とお店を出ることにした。誘ったからということでごちそうしてくれた。地下鉄へと続く階段の前までお見送りしてくれて、お互いに「今日はありがとう」と伝えて、俺はその場をあとにした。彼女たちは、千日前の商店街の方へと消えていった。彼女たちの夜は、まだまだこれかららしい。